なぜ最近の店舗は人材教育が難しくなっているのか
飲食店や小売店を経営する方の中から、
- 人が育たない
- 以前より教育が難しい
- すぐ辞めてしまう
といった声を聞くことがあります。慢性的な人手不足が続く中、人材教育は今や多くの店舗が抱える課題のひとつです。
中には「最近の若い人は根性がない」「昔と比べて定着しなくなった」といった見方が語られることも少なくありません。しかし本当に問題はそこにあるのでしょうか。
むしろここ数年で大きく変化しているのは、「人そのもの」よりも、人を取り巻く環境や店舗側に求められる条件の方ではないでしょうか。
今回は店舗経営の現場を取り巻く、人材教育の環境の変化について考えてみます。
人材教育の本質は昔も今も大きく変わらない
まず前提として、仕事をする上で求められる基本的なことは大きく変わっていません。
- 時間を守る
- 挨拶をする
- 報告・連絡・相談を行う
- ミスを減らす
- お客様への配慮を忘れない
こうした基本動作は、今も昔も重要です。
その意味では、「教育の中身そのもの」が大きく変わったわけではないと言えます。
変わったのは人材教育を取り巻く環境
一方で、教育が行われる環境は、ここ数年でも大きく変化しています。
いわゆるスマートフォンやSNSが現在ほど一般化していなかった時代を含む、労働環境が比較的固定的だった頃は、
- 転職が今ほど一般的ではない
- 同じ職場で長く働くことが前提に近かった
- 教えた内容が蓄積されていくことをある程度想定できた
という時代背景がありました。そのため教育も、長期的な成長を前提に設計されている側面がありました。
しかし現在は状況が異なります。アルバイトであっても働く場所の選択肢は多く、
- 飲食店
- コンビニ
- ドラッグストア
- 倉庫・物流
- サービス業全般
など、比較対象は広がっています。その結果、「この店でなければならない」という状況は以前より弱くなっているのです。
店舗に求められることも増えている
一方で、店舗側に求められる役割は増えています。
- 接客品質
- 衛生管理
- クレーム対応
- コンプライアンス
- SNS等インターネット上のリスク管理
特に飲食店では、従業員一人ひとりの対応が店舗評価に直結しやすくなっています。
口コミサイトやSNSによってその評価が可視化されるようになったため、以前であれば店内で完結していた問題も、「バイトテロ」のように外部に広がるようになりました。
そのため、人材教育は単なる業務習得だけではなく、店舗の信頼やブランドを守る役割も持つようになっています。
「どこまでできれば一人前か」が見えにくくなっている
さらにもうひとつ、見落とされがちな変化があります。
それは、上記したような業務の複雑化や役割の増加によって、人手不足のなか一人一人に求められる役割が増加し、「どこまでできれば一人前か」という基準が店舗ごとに曖昧になりやすくなっている点です。
接客、調理、清掃といった基本業務に加え、クレーム対応や衛生管理なども求められるようになり、教える内容も広がっています。
その結果、「一通りできるようになった」と判断する基準が人や店舗によって異なりやすくなり、同じ職場の中でも教える範囲や任せる業務にばらつきが出るケースも少なくありません。あるいは、従業員側が「どこまでできるようになればいいんだ」と忙しさを抱え込んでしまうケースもあるでしょう。
教える側と教わる側の間で、「どこまでできればいいのか」という認識にズレが生じやすくなっているのです。
本当に「昔と人が変わった」のか?
ここでよく聞かれるのが、「最近の若い人は変わった」という見方です。確かに価値観や働き方は、一昔前と比べても大きく変化していますし、それに伴う新しい課題があることも確かです。
ただ一方で、
- コミュニケーションが苦手
- 指示の理解に時間がかかる
- 人間関係に悩む
といった課題自体は、昔から存在していたとも考えられます。違いがあるとすれば、それが以前より言語化されるようになった点かもしれません。
特に近年は、
- 発達特性
- メンタルヘルス
- ハラスメント
といった言葉が一般化し、これまで個人の性格や相性の問題として処理されていたものが、組織として対応すべき課題として認識されるようになっています。
その結果として、同じ事象であっても「問題として可視化されやすくなった」側面があります。
この変化によって起きているのは「人が変わった」というよりも、 「同じ現象をどう扱うか」のルールが変わったという点にあります。
AI時代でも最後は人に行き着く
近年はAIや動画教材の普及により、知識やマニュアルは以前より整備しやすくなっています。しかし実際の店舗運営では、
- 分からないことを質問する
- ミスを報告する
- 周囲と連携する
- お客様と接する
といった部分は、依然として人に依存しています。効率化や仕組み化が進んでも、最終的には人と人との関係が重要になる場面は残り続けます。
そしてこれは、お客様と店舗の関係だけでなく、雇用主と従業員の関係にも同じことが言えます。
どれだけ仕組みやマニュアルを整えても、実際の現場では「どう受け取るか」「どう動くか」は人に委ねられます。
そのため、店舗運営においては、業務の標準化と同時に、人同士のコミュニケーションや信頼関係の設計が避けて通れない要素になっているのです。
求められるのは「教え方」だけではない
こうした変化を踏まえると、人材教育の難しさは単なる「教え方の問題」ではないとも言えます。
むしろ、
- 働く側の選択肢が増えたこと
- 店舗側に求められることが増えたこと
- 業務基準が見えにくくなったこと
といった複数の要因が重なり、「教育が成立する前提そのもの」が以前とは異なってきています。
こうした変化を踏まえると、単に厳しく教えるか、優しく教えるかという二択ではなく、次のような点を整理することが重要になります。
- どこまでできれば一人前とするのかという基準
- 業務ごとの優先順位
- 教える内容をどこまで任せるかの度合い
- 判断や対応が必要な場面の明確化
これらがきちんと整理されて伝えられるかどうかで、教育のしやすさや定着率は大きく変わってきます。
まとめ|人材教育が難しくなったのではなく、前提が変わった
人材教育が難しくなったと言われることがあります。
しかし本質的には、「人」が変わったことよりも、時代に伴って「過去に教育が成立していた前提条件」が変わったことにあります。
働き方の多様化、SNSによる可視化、AIの普及、人手不足、業務の複雑化などにより、店舗を取り巻く環境は大きく変化しました。そのため、省人化が進んでいる一方で、店舗運営における人の重要性はむしろ高まっているとも言えます。
しかしながら、働く側にはより多くの選択肢があり、「この店で働き続ける必然性」は以前より弱くなっています。その一方で店舗側には、接客品質だけでなく、クレーム対応やSNSリスク管理など、より広い役割が求められるようになっています。
その結果として、忙しさに追われて「何をもって一人前とするのか」という基準が曖昧になりやすくなり、教育が人や店舗ごとの感覚に依存しやすくなっています。ここに、店舗側と従業員側のギャップがあるという認識は不可欠でしょう。
つまり人材教育の難しさは、人の資質の問題ではなく、「どの状態になれば現場が成立するのか」という基準が明確でないまま運用されていることにあるとも言えます。
そのため必要なのは、教育を「頑張る」ことではなく、
・どこまでできれば一人前とするのか
・どの業務を優先するのか
・どこまでを個人判断に任せるのか
といった前提条件を整理し、共有することです。
それが明確になることで、初めて教育は仕組みとして機能するものになります。人材教育が難しくなったのではなく、「昔と同じ前提では成立しなくなっている」。
それが、現代の店舗経営における人材教育の難しさの実態と言えるのではないでしょうか。
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